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しんじょうぶろぐ

高知在住のお笑い芸人をしている新卒ニートブロガーです。

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【閲覧注意】鶏を屠殺して食べる、いのちのワークショップ。

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ども、移住大学生ことしんじょうです。

先日2月13日にいのちのワークショップを実際に開催してきました。

www.shinjo-t.com

 

いのちのワークショップ 

自分で動物を絞めてさばき、さばけた肉を自分でちゃんと食べるという実体験。そして、前後でワークショップを行い、より食について改めて見直してみようよというイベントです。

 

僕らは一般的にいつもすでに食肉にされた肉を食べます。
でもそれってすごく事実が切り離された現実なんだと思います。
実際には肉を食べるということは生き物を屠殺しているということ。
そんなことを体験してもらおうというワークショップ。

それがいのちのワークショップです。

 

作業工程

そしてその実際に作業工程がこちら。

・食前ワークショップ
・屠殺体験
・昼食
・食後ワークショップ という形で行いました。

地元の猟師さん2人、学生猟師1人、学生ファシリテーター1人、自由になったサル
などたくさんの方々に協力していただきました。
ありがとうございます!!

 

・食前ワークショップ

ここでは難波ファシリテーション事務所の難波さんの進行。
屠殺体験をする前に、食について導入的にワークショップとして、昨日食べたものやその食材がどこで作られたものなのか参加者同士での話し合いの時間になりました。

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・屠殺体験

※ここからは実際に鳥をさばく写真を載せています
※自己責任で見ていただくようお願い致します

 

 

鶏屠殺の工程

鳥の首を落としてしめる

吊るして血抜きをする

お湯につけて羽をむしる

バーナーで産毛をあぶって燃やす

解体していつも見る鶏肉の完成 となります。


ここからは写真でどうぞ。

まず鶏に触れて生きていることを感じます

あったかくて、震えていて、自分の行く末を理解しているように感じられました。ここではなんだかすごく申し訳ない気持ちになったことを覚えています。

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鳥の首を落としてしめる

このときに大事なのは落とす時に目を隠してあげて、苦しめないように一瞬で落としてあげること。言葉は話せなくても生き物に対する尊敬と感謝を教わりました。f:id:TakahiroShinjo:20160215114020j:image

吊るして血抜きをする

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お湯につけて羽をむしる

お湯に10秒ほどつけて、すぐさま羽をむしっていきます。f:id:TakahiroShinjo:20160215114038j:image

バーナーで産毛をあぶって燃やす

むしって、余った羽をバーナーで燃やしていきます。f:id:TakahiroShinjo:20160215114057j:image

解体していつも見る鶏肉の完成

羽をむしった後
こうなるといつも見る鶏肉に近づいてきます。f:id:TakahiroShinjo:20160215114112j:image

鶏肉の解体f:id:TakahiroShinjo:20160215114131j:image

普段見る、胸肉にもも肉、内臓にレバーととさかなどf:id:TakahiroShinjo:20160215114151j:image


昼食

地元の猟師さんたちがいのししの肉を持ってきてくれて、しし鍋にしました。
そして、羽釜で炊いたご飯と漬物をいただきました。

そして、もちろん自分たちで実際にさばいた鶏肉を食べました。
自分でさばいた鶏肉を食べるという実にシンプルで当然の行為。 
しかしながら現実では切り取られた側面で私たちは肉を食べています。

だからこそ、今回のこの昼食は、非常に「有難い」食卓になりました。

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 鶏がらだし鍋(ここに麺を入れてラーメンでいただきました)

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もちろん心から美味しいを味わいました。

食後ワークショップ

屠殺体験を通して今何を感じているかということについて話しました。
そして全員が円になり、自分の気持ちや考えを共有。
すごくすごく心地よい空間で、全員の想いがのった、そんな場になりました。

命を扱うからこそ、頭ではなく心で感じたことが口から出ているよう。
一人一人が色んなことを感じているということがすごく嬉しかった。

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いのちのワークショップ

僕は鶏をしめたことも、何か他の動物をさばいたこともありませんでした。
そして、身内に死が訪れたこともない。

そう、僕はいつか訪れる「死」に対してよく考えたことがないんです。
だから今回いのちのワークショップを企画して実行しました。

きっかけはたくさんありましたが、間違いなく色々な人がいたからこその企画です。
そういったことを含めて、僕は今回すごく「支えられる」ということを実感しました。
そして思ったこと。

「生」は支えられるもの。
「死」は与えるものなんだということ。

つまり鶏は僕らに「生」を与え、僕らはその「死」に生かされている
人間だって同じです。
誰かの「死」は悲しいけれど、絶対に喪失なんかじゃない。
命をかけて何かを与えているんじゃないかと思います。

そんなことを、僕は、思った次第です。

 

まとめ

今回いのちのワークショップを企画してすごく良い経験になりました。
現代においてだからこそ、すごく価値のある企画になるんだと思っています。

来年度からは定期的に開催していきます!
ので、気になった方はぜひ参加してみてください。

 

こちらでもまとめてくれています

【観覧注意・と殺】僕らは命の大切さを日々感じているだろうか? : 自由になったサル

 

ふぃん!

 

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