しんじょうぶろぐ

高知在住のお笑い芸人をしている新卒ニートブロガーです。

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当たり前を押し付ける世間の当たり前は決して当たり前じゃない

世間とずれてる



僕はそうですね。
この先フリーランスで生きていくんじゃないかなとなんとなく思っています。
その考え方はよく世間とはずれてるとか、逃げてるとか言われます。
社会不適合者だとも。

まぁ、全く気にするつもりはないんですけど。

 


人にはそれぞれ考えがあるし、思っていることがあります。
そんなことをそれぞれが抱えながら現実の世界を生きています。

無職の人、フリーター、自営業の人、主婦(夫)に政治家。
言ってみればそれぞれの人がそれぞれ思想を持っています。


「常識的にそうでしょ」
とか
「一般的に考えて」
とか
「それは当たり前だよね」
とか


1つ1つの言葉にケチをつけるわけではないし、そんな体力も興味も全く僕にはありません。


でも何かについて当たり前と思っている人たちの当たり前は決して僕の当たり前ではないし、僕の当たり前もその人たちの当たり前じゃない。



当たり前


僕は、当たり前とは誰かが持つ固定観念だと考えています。
そして大衆とこの固定観念を共有して当たり前は、一般常識に変わります。
さらに一般常識が社会の中でモラルやマナーを作り上げて、人々の行動の枠組みを作っていくんです。

だからこそ、先人が築きあげた「当たり前」がありふれた世の中で、「当たり前」な思想をもって生きていくのはさぞかし生きやすいんだと思います。



学校は入学したら卒業するのが当たり前
卒業したら就職するのが当たり前
就職したら死ぬまで働くのが当たり前
病気になったら薬を飲むのが当たり前
死んだら葬式をするのが当たり前



LGBTの問題も、男女差別の問題も、パリ襲撃事件とかイスラム国の問題も。
意見を主張している両者がいてそのどちらにも対立がある。
世界中に目を向ける必要があるし、これは私たちが持つ日本的な当たり前という考え方では到底捉えきれない。




当たり前が作り上げた社会

時代は変わっていきます。
インターネットの進化で国境の壁はなくなり、海外へも実際に足を運ぶハードルが低くなりました。
国内では地方創生の流れで地方に雇用が生まれたり、転職や移住をする人が増えています。





今までの当たり前が築き上げた社会が今の社会なんです。
その中で多くの変化があり、社会はどうも多様化しています。
だからこそ、当たり前ではダメだと思うんです。


毎年の自殺者数は未だ2万人を超え、

qキャプチャ

(参考:内閣府


うつ病などの気分障害患者は年々増加し、100万人を超えています。

キャプチャ
(参考:TBS News





少なくとも僕は世間で言うところの当たり前な世の中には該当しないのかもしれません。
世間の目はもちろん気になるし、惹かれる時もあるけど、それでも僕は誰かの当たり前観を押し付けられるのにはすごく違和感を覚えます。

僕は僕の人生を僕らしく生きて生きたい。



だからこそそのためにこそ必死こいて努力していこうと思えるんです。